12年間不登校から旅人へ

12年間不登校がその後復活した理由とは?

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不登校歴12年間の大学生。ヒッチハイクで日本半周、海外バックパッカー旅を経て旅の楽しみに目覚める。
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こんにちは、ひだよし(@hidayoshi0818)です。

僕は12年間も不登校だったのですが、高校に進学、推薦で会津大学に進学、現在は学費免除をもらっています。
そして今の人生を心から楽しみ、将来は夢と希望しかありません。

自分で言うのもなんですが、不登校の中でも復活をしている部類に入ります。

そこで今回は「不登校児のその後」というテーマで、僕がどうやって12年間の不登校から復活したのか紹介しますね。

なぜ12年間不登校から復活できた?

僕が思うに、僕が復活できた要因は以下の3つが大きいです。

・高校に進学できないかもという危機感

・学校に行った以上は頑張るという変なプライド

・一人旅をして本当の自分を見つけた

この3つは人生のターニングポイントでした。
詳しく説明しますね。

 

高校に進学できないかもという危機感

僕は幼稚園から中学校までの12年間、不登校でした。

ですが幼稚園と小学校は不登校でも進級できるので、特に問題はありませんでした。

しかし中学校は不登校だと高校に進学できないため、話が変わります。

当時の僕は通信制高校やネットで稼ぐ、起業するといった概念を知らなかったので、中卒=人生終了だと本気で思っていました。

 

危機感を持ったのは中学3年生になったころ。

中学3年から学校に行けば、不登校から復活したと高校側で評価してもらえます。
つまり最後のチャンスでした。

関連記事:高校進学に欠席日数は関係ないです[150日休んだ男が解説]

この時、流石の僕も「このまま学校に行かないと将来が終わる」と本気で思い、血の涙を流しながら登校することを決意します。

そして1年で80日は欠席していたところを中学3年は1桁に抑えました。

このおかげもあり、僕は地元の普通科高校に進学することになります。

 

学校に行った以上は頑張るという変なプライド

僕を苦しめ、そして救ってくれたのは学校に行った以上は頑張るというプライドでした。

このプライドのせいで、僕は些細な理由でも学校に行くことを拒みました。
今日は腹が痛いから休むとかね。

 

しかしその一方で学校に行った以上は授業についていこうと頑張りました。

隣の人にノートを借りたり、授業中に習っていないところを勉強したりと本当に色々やったもんです。

そのおかげもあって、幼稚園から中学校までまあまあの成績を維持していました。

 

高校では立派な学校の奴隷になったため、休むことはなくなりました。

そのため成績は高くなり、評定4.8で会津大学に公募推薦で入学。

関連記事:【公募推薦A合格者】会津大学合格までの体験記【推薦の説明つき】

また大学でもこのプライドを発揮し、GPA3.82で学費免除をもらえるように!

頑張りすぎるプライドが不登校の要因でもあり、復活する要因でもあるのは本当に面白いですね。

 

一人旅をして本当の自分を見つけた

ここまで順調そうに見えますが、実は復活したとは言えませんでした。
なぜなら人生がつまらなく、夢や希望もなかったからです。

高校は毎日通ったものの、脳死して通学していただけで一度も楽しいと思ったことはありません。
また大学も親に行けと言われて進学しただけで、そこらへんのクズ大学生と変わらない状態。

なので「僕はこのままつまらない人生で終わるんだろうなあ」と思っていました。

 

転機は大学1年の春休み。

交通費をケチるために始めたヒッチハイクで、僕は本当の自分に気づきました。

自分のことコミュ障だと思っていたけど、普通に喋れるな……。
一人でも旅できるし、ヒッチハイクをできる。
もしかして、俺ってけっこうできるやつなんじゃ?

ひだよし

その後、海外一人旅を経験して僕は「旅」という人生の生きがいを発見。

ここからやっと今までの自分と決別し、復活した人生を生きることになります。

 

まとめ

人生は人それぞれなので、僕の過程は参考にならないかもしれません。

ですが「こういったやつもいるんだな。実名でやってるし。」と思っていただければありがたいです。

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