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不登校歴12年の復活劇

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ヒッチハイクは乞食じゃないことを証明する

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ヒッチハイクは乞食でないことを証明する
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不登校歴12年間の21歳。大学在学中にヒッチハイクや海外一人旅を経験して、自分の可能性と世界の広さを知る。現在は全国の不登校に希望を与えるため、自分の経験を発信している。
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こんにちは、ひだよしです。

皆さんはヒッチハイクについてどう考えていますか?

世間では「ヒッチハイクって聞こえはいいけど、お願いしてタダ乗りしてるだけじゃん。乞食みたいなもんだよね(笑)」という風潮があります。

まあ言いたいことは分かりますよ。

しかしですね。
過去60台ほどヒッチハイクをし、海外で本物の乞食を見てきた僕から言わせてもらうと、ヒッチハイクは乞食ではありません。

そこで今回は、ヒッチハイクは乞食じゃないことを証明しようと思います。

この記事を読んだあなたはヒッチハイクと乞食の違いが分かるようになりますよ!

ヒッチハイクが乞食ではない理由

まず乞食の定義をしましょう。

wikiによると乞食の定義はこんな感じ。

路上などで物乞いをする行為。具体的には他人の憐憫の情を利用して自己のために金銭や物品の施与を受けること

参考:乞食

つまり「相手に価値を与えず、もらうことだけを考えている」ってこと。

お金を入れる空き缶だけ置いて道端で座っているだけだったり、お金を相手に要求したりする人は乞食ですね。

相手からの慈悲を待っているだけで、何も与えてません。

ですが一方で楽器を弾いたり、芸などを披露している人は乞食ではない。

なぜなら彼らは労働をして価値を与えているから。

そして彼らの行っている労働に価値を感じたから、お金を払う人達がいるわけです。

よって乞食になるならないの境界線は、実際に価値を生み出しているかと言えますね。

 

ではヒッチハイクはどうなのでしょうか?

ヒッチハイクは一見すると慈悲で乗せてもらっているように見えます。

ただスケッチブックを掲げて、乗せてもらえるまで待っているだけですからね。

ですがヒッチハイクはただ乗せてもらって、目的地に降ろしてもらえるほど簡単な行為ではない。

車内ではとにかく行儀よく振る舞い、面白い話をして盛り上げる必要があります。

自分をアピールして価値を感じてもらわないと、そこらへんで降ろされるかもしれませんからね。

 

またドライバーだって誰でも乗せるわけではありません。

道端でヒッチハイクしている人を見て、「こいつ面白そうだな」と思ったから乗せるわけです。

 

つまりヒッチハイカーは自分に価値を感じてもらえるように行動をする必要があるし、ドライバーはヒッチハイクという行為に価値を感じ、興味があったから乗せるわけです。

だからヒッチハイクには価値の交換が存在しているので乞食ではありません。

ヒッチハイクが乞食になる条件

ここまでの説明でヒッチハイクは乞食ではないことが分かってもらえたでしょう。

ですがヒッチハイクが乞食になる条件もあります。

それは移動以外を催促するような態度、見た目、言動をすること。

 

ヒッチハイクはあくまでも移動手段です。

だから移動以外のことを要求したら、それは恵んでもらおうとしているので乞食になる。

「貧乏旅してます」とか「朝食べてないんですよ」などをドライバーに言うのは全て乞食です。

これは明らかにお金や食事を要求していますよね?

もちろんドライバーの方が先に「ご飯食べない?」とか「寝るところあるの?」などと聞いてきたら、それは乞食ではありません。

ヒッチハイクは移動手段でしかないことを、ヒッチハイカーは理解しなければなりません。

乞食に成り下がるようなマネは止めましょう。

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